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2009年9月15日 (火)

「あなたの苦手な彼女について」2

 橋本治の「あなたの苦手な彼女について」は男女問題を説明してゐる本だ。橋本流でややこしくはあるが奥深い内容と思ふ。以下に結婚に関する話の要約を記す。

終章 「豊かな世界が傾いて―」より


     結婚したいができないと言ふ男女が理由として挙げるのは「出会ひがない」「生活が安定しない」。だがどちらも結婚できない理由ではない。

     「出会ひがない」とは「出会ひたいと思ふ人との出会ひがない」の省略形であらう。そこで条件を挙げさせると目の前に具体的な人間を想像させない「妄想的かつ観念的な結婚相手の条件」になるが実際は違ふのだ。具体的な言葉にはしにくい曖昧模糊とした「直感」のやうなものを感じさせてくれる人であらう。

     相手を見たときに「この相手となら人生を共にできるやうな気がする」と相互に思へる出会ひが「出会ひたいと思ふ人との出会ひ」である。これはある条件が満たされれば簡単に起こることだ。
     それはその二人の間に結婚に関する具体的イメージが共有されてゐることである。しかし現代では結婚がどんなものかといふ共通理解が社会全般に浸透してゐない。恋愛結婚が少なく見合結婚が多かった時代にも円満な夫婦が存在できた理由はそれである。

     「この人なら」といふ直感なくしてどうして結婚できようか。「結婚といふものは自分の両親がしてゐるやうなもの、人が至って当り前のやうにしてゐるあのやうなもの」といふ社会的な共通理解があったときには「運命の出会ひ」は日常的に存在してゐた。

     今の結婚希望者は結婚を恋愛の先にあるものだと思ってゐる。恋愛を維持する努力は結婚生活を維持することには結びつかない。結婚は恋愛のゴールとして存在し、結婚生活のなかで恋愛が成り立たなくなった途端、結婚は破綻する。
     ないのは「出会ひ」ではなく、その先にある結婚に対する具体的イメージの共有なのだ。だから「この人と結婚するとどうなるだらう」と恣意的に考へて、取り留めがなくなってしまふ。現代では結婚が「王子様とお姫様が結ばれるおとぎ話の最終ページを飾るもの」になってしまって、その先は「千差万別のバラバラ」なのだ。

     「経済的な自立を達成してしまった女性」が結婚に求めるものは「一緒にゐて楽しい」と言ふエンターテインメント性だ。
     ここで問題になるのは「自分が気に入るかどうか」であり、相手の胸の内は問題にならない。「個的なあり方」に慣れてしまった人間は個的なあり方を譲歩してまで他人とうまくやることが出来にくくなるのだ。これは貧しい者同士助け合ふことも出来にくくなることに通ずる。

     「個的なあり方に慣れてゐる」といふことはエゴを第一にしてゐるのだから「他人と折り合ひを付ける」ことがうまくできない。自立した人間が増えてしまふと、結婚はエンターテインメント以外には成り立たなくなる。